-2027年に人生を振り返る- 私は今、大好きな家族に囲まれて幸せな日々を送っている。 しかし私が高校時代から考えている問題にはまだ答えが出せていない。 大学に入学する時に考えていたこと、それは「たくさんの人と出会っていろんな意見を聞こう」というものだった。 私は高校を卒業するまで鳥取県の小さな町で生きてきた。 英語が好きだったので「外国」というものにきらびやかで憧れの土地というイメージを持っていていつかは行ってみたいと思っていた。 しかしある時「世界がもし100人の村だったら」という本を読み、衝撃を受けた。 そこには私の想像していた外国とは違う外国があった。 今まで当たり前だと思っていたことが当たり前にできない人が世界にはたくさんいるということを知った。 そしてそれらのことが当たり前だと思える私たちはとても幸せなのだと感じた。 それから国際問題や国際協力について学ぼうと思い、大学に進学した。 しかし私には答えられない問題があった。 それは将来どんな職業に就きたいかという問題だったが、私にとっては国際協力とは何かという問題のように思えた。 国際協力をしたいと考えてそれを大学で学んだとしても卒業してからそれが何の役に立つのだろうか。 大学生活では授業やサークル活動を通していろいろな経験をした。 国連セミナーに参加したときは国際協力の現場の厳しさを改めて感じたし、 フィリピンに家を建てに行ったときは衛生環境や住居さえ十分に確保できない現実を目の当たりにした。 答えを見つけようとすればするほどそれはわからなくなっていくような気がした。 そこでその答えを求めて1年間アメリカに留学することにした。 アメリカを選んだのは多種多様な人たちが一番集まるだろうと思ったからだ。 他国の人の意見を聞き、広い視野で物事を考えられる人になりたかった。 あの1年でも答えは見つからなかったがたくさんの人に出会い貴重な体験をする事ができた。 帰国してからもう一度留学しなおすか就職するか悩んだが、地域の国際交流担当の仕事に就くことにした。 仕事として直接に国際協力に携わるわけではないが、 子供達に世界の広さを教えたり住民に異文化交流を広めたりする事で国際協力について考える人が増えていった事が嬉しかった。 そしてひまを作ってはいろんな国を旅した。 きれいな国、豊かな国、料理のおいしい国、そしてその地球の反対側の貧しい国、戦争が耐えない国、水も食料も確保できない国…いろんな国を見た。 今あらためて国際協力について考えてみると簡単に答えが出せる問題ではないと本当に感じる。 むしろ答えなどないのではないか。 人権問題や環境問題のように正しいと思われる道がひとつではない問題なのではないか。 この問題を私はこれからも考え続けるだろう。答えではなく自分の意見を持とうと今は考えている。 |