人権について

7269 南泰秀


以下において、「人権」について、まず「人権」を詳しく説明し、次に実態の具体例を挙げその原因や社会的背景を述べ、その問題解決のための取り組み方を吟味し、自分の観点から意見を付し、最後に全体をまとめることにする。<br><br> 「人権」の定義とは、人間が生まれながらにしてもっている権利であり、その目的は人間が人間らしく生きるためであるというものである。人権とは個人の「人格的生存」に必要不可欠であると考えられている。「人格的生存」とはすなはち「自分らしく生きる」ということである。ここで「人権思想」がいつ生まれたのかを調べると、人権という概念は17世紀から18世紀にかけてのヨーロッパ、特にイギリスやフランスで確立したとされている。イギリスでの清教徒革命(1649年)や名誉革命(1688年)、フランスでのフランス革命(1789年)、フランス人権宣言で自由と平等が宣言され、現在の「人権思想」につながっている。私たちは具体的にどのようなものが人権なのか理解していないように思う。最初に必要なのは、思想・宗教・良心などの心のなかの自由である。なぜなら、自由にものを考えたり宗教を信仰したりできなければ、自分の人生を自分で切り開くことはできないからである。人間の行動には主として、内面的な行動(思う、信じる、考える、感じるなど)と、外面的な行動(話す、働く、移動するなど)がある。人は何かを行動しようとするとき、まず何がしたいか、あるいは何をすべきかを考えることから始まる。すなはち、心の中の自由は最も基本的な人権であるといえるだろう。そして自分の考えに従って実際に行動する自由が必要不可欠ではないかと思う。例えば自由に話したり、好きな表現をしたりすることである。心の中がいくら自由であっても、自分の考えに基づき行動できなければ自由とはいえない。ここで人間が自由に考え行動することとはどういうことなのかと考えると、一定の知識や教養が必要である。つまり、一定の生活水準が確保されていなければ、人間は自由を十分に活用することはできないので、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する(日本国憲法第25条)」とあるように権利が守られなければならない。以上に述べたように、自由や権利全体が「人権」であり、さまざまな形態で具体化したりして「人権」としている。<br><br> ここで「ジェンダー」という考え方を例に挙げて考えることにする。ジェンダーとは社会的・文化的に形成される男女の違いを指したものである。ジェンダーに基づく社会意識によって、女性は社会参加が妨げられ、暴力やセクシュアル・ハラスメントが見過ごされ、人権が軽視されていた。社会に存在する男女の不平等は、女性の自然な「特性」や生物学的な差に原因があるのではなく、社会的に創り出された性差のためである。そこで、1960年代に起こった社会の男性の優位性と支配性を変えようとした女性解放運動によって提起され、「ジェンダー」という観点は、それまでの女性の人権、あるいは人権一般に対する考え方が大きく変わった。公的領域における男女の格差だけに目を向けていると、私的領域の権力関係や、そこでの女性の抑圧が隠されて盲点になる。私的な人間関係のなかの権力構造が、より大きな社会構造のなかに組み込まれていることに目を向けなければ、女性の抑圧という問題が解決しないのではないかと思う。しかしながら、この「ジェンダー」を考えるときはいくつかの難点が浮かぶ。1つは、私的で親密な関係、つまり夫婦や子供、親子関係など、のなかに権力関係を認めがたいものと考えるからである。家族は個人的な関係のつながりであり、私的な人間関係を批判的にとらえることは、簡単なことではないからである。もう1つは、国家や公的機関が私的な人間関係のなかに入り込んでくることである。その理由は、個人的・私的な環境に必要以上に国家や公的機関の介入を認めることは、私的な生活を自由に営む権利を失う危険性があるからである。この2つに特に留意し「ジェンダー」を考えることが必要である。<br><br> ここで私は在日外国人の人権についても考えることにする。グローバル化が進展するとともに、移住労働者が増加し、さらに自然災害や戦争・紛争などにより、より多くの人々が自国以外の場所で暮らすようになってきている今日、国際的な人権はますます重要なのではないかと思う。国籍によって自国民と外国人を分け保障内容を区別している。これまでの人権保障ではこのような人びとの権利を十分に守られないためである。国際人権では、「人である」ことに人権保障の根拠を求め、個人が国籍に関わりなく権利を保障されるべきであると思う。1990年の国連総会で採択された「すべての移住労働者及びその家族の権利保護に関する条約」(移住労働者権利条約)は、移住労働者とその家族の法的地位に関わりなく保障すべき権利が認められている。しかし30を超えるこの条約の締結した国のなかに、日本を含めた先進国が、「労働者受け入れ国」に一つも含まれていない。やはり、先進国が先頭に立ち多くの国が条約締結することが必要である。そうすれば国際的な人権が現れ、よりよい世界が開けるものである。 では「人権」を実現するためにはどのようなことをすればよいのかということを考えることにする。私たちの社会は日々変化している。変化する社会の中で人権侵害もまた形を変えて起こっている。既存の人権を学び、使いこなすことも重要であるが、変化の大きい現代社会に生きる私たちにとっては、必要かつ有用性のある人権の基準をつくりだす力が必要であると思う。しかしそう簡単に創れるものではないことは明確である。そこで、日常生活の中で人権が守られているかを評価したり、基準が守られるような仕組みを考えることは私たちにもできる。そうした取り組みが、社会的規範に「形」を与え、そして法や制度に発展するとよりよい社会がつくられていくはずである。<br><br> 上記したように、自分たちが大切にする人権基準を明らかにし、それを社会に伝える方法は、身近なところで自分たちの手によって創造できることがわかった。これまでなんとなく考えていた「人権」が明確になった。しかしここで述べた人権以外にもたくさんの種類がある。すべての人権が完璧にすぐに実現できることは難しいが、個々人がそれぞれ「人権」について考えるようになると現在より改善されることは間違いなく、「本来の人間のあり方」が見えてくるはずである。

参考文献:ジョン・ロールズ 中島吉弘、松田まゆみ訳