『論文概要』
人間は他者と相互的に関わりあって生きている社会的動物である。そして人間は、家族をはじめ、学校、会社、自治体などの集団に存在し、相互的に関わりあう中で、コミュニケーションという方法で他者を深く知ろうとする動物でもある。
コミュニケーションが希薄になると、集団の中での人間関係にも影響し、さらにコミュニケーションが希薄な関係にある人間同士は集団の中で「共に存在するだけ」である。うわべだけの人間関係を表面化させるものはコミュニケーションツールであり、近年では、携帯電話などが挙げられるだろう。しかし、コミュニケーションツールは本来、コミュニケーションには欠かせないものである。だが、コミュニケーションツールの働きは、その利便さだけではない。コミュニケーションツールの必要性は、その「道具(tool)」としての存在の過去に、人間のコミュニケーションに必要な能力が養われてきた事実があるからである。
社会心理学と認知心理学において、他者との相互的なコミュニケーションには「対人認知」という、「こころ」の動きを読み取ろうとする働きが存在する。
表面的なコミュニケーションにならないようにするためには、コミュニケーションツールを使い、対人認知によって、他者の様々な情報を元に他者の心の中を考えて、自らの「こころ」と他者の「こころ」とを繋げることが重要であり、それが「心理学的コミュニケーション」である。
7587川口 翔
『目次』
序章 コミュニケーションには心理学
社会の中で人間は他者に興味を持ち、他者との関係を考える一方で、また同時に他者が考えていることを考えようとする。すなわち、人のこころを考えようとする。それを学術的に研究しようとしたのが、哲学から独立した心理学である 。註1
また、社会における人間は、自分以外の他者がいると、他者に対して好意的な印象を持ったり、苦手意識を抱いたりするものでもある。つまり、人間が二人以上存在すると、他者を認知するという行為が生まれる。人間は認知に必要な材料を集めるために、コミュニケーションという手段を取る。この行動は、日常的に社会に暮らす人間が行う、一番多い行動のひとつであると言えよう。
しかし近年、他者とのコミュニケーションが徐々に希薄になりつつあると言われている。コミュニケーションは、他者を認知するために必要な手段であるが、人の表面的な部分を読み取っただけでは、真のコミュニケーションが図れた、とは言えない。「その人の目に見えない内面に潜む特徴」 註2 を読み取ることで、他者を認知することができる。そして、人のこころの動きを知ることは、コミュニケーションツールが必要であり、人のこころを考えながら成されるコミュニケーションを「心理学的コミュニケーション」と考える。
第一章 人の「こころ」を考える心理学
人間は人間である以上、他者との関わりをなくしてこの世に存在することはできないであろう。生まれたときから自分以外の者、ほとんど「家族」という少数団と共に関わり、暮らす。そして共に暮らす中で、家族からさまざまな影響を受ける註3 。成長し、大人になった後、家族という集団から離れて「社会」に出る。人間が他者と相互的にかかわる場所が「社会」であり、その相互的行動をする人間は「社会的動物」であるといえる 註4 。他者との関わりが無くなるということは、すなわちその人間の「死」を意味する。「死」を迎えるまでは他者との相互的な関係が築かれる。人間は集団内に存在し、集団の中で、共に利益を求めたり、ある一定の目標を持ったりして相互的に生きようとする。このような社会的な動物である人間が、社会をはじめとする他者によって外部からのものによって影響される行動や効果を考える学問が、社会心理学であり 註5 、その人間が社会的行動をするに至った原因、つまり内面的な「こころ」の動きを考えるのが、認知心理学である。社会心理学の認知分野と認知心理学の社会分野は、必ずしもまったく別のものではない。前者も後者も直接的ではないが、人間の相互的なコミュニケーションと関わってくる分野である。
第一節では、社会心理学の成り立ちを述べ、第二節では認知心理学が人の「こころ」を研究する学問であることを、例を挙げて述べる。
第一節 社会心理学
ふとコンビニで雑誌を立ち読みしているとき、その雑誌に掲載されている旬の商品や観光地の情報を見て、「欲しい」や「行きたい」などと思ったことがない人はまずいないだろう。そのとき、人間は「雑誌」に影響されたと言える。このように人間は社会において、自分以外のものに影響される。社会心理学では、上のような人間の社会的行動を、科学的に系統的に研究することによって、人間の行動の法則性を理解でき、行動を予測し、改善でき、よりよい生活を送ることができうる、ということを考えるものである 註6 。定義付けとして、「オールポート(1985)は、『社会心理学とは、個々人の思考、感情、行動が、他者が実際に存在したり、存在すると想像したり、存在するとほのめかされることによって、どのように影響されるかを理解しようとするものである』」 註7 とある。さらに社会心理学は、人間行動を思考、感情、態度などの内部過程から考えようとする学問である。社会心理学では社会生活を正確に述べるため、様々な理論が展開されている学問である 註8 。その中で、ガーゲン(1982)は一般的に受け入れられている考えにあえて挑戦し、新しい方向性を見出す理論を説いた。そしてガーゲンは、それまで展開されてきた社会心理学の「個人中心」の考えを、人間は「もっと相互依存的で、協力的なものとみるような理論が必要だという見解を示した。 註9 」そしてその後、個人と他者の相互依存を考える学問となった。「社会心理学では個人と社会を対比した概念と考えるよりは社会はは個人の他者に対する影響の在り方の視点からとらえた概念と考えることが必要である。 註10 」
つまり、社会心理学は、内面的な感情や態度によって動かされた「私」という「個」の、「他」という「集」に対して行われる、表面化された社会的行動を研究する学問である。
第二節 認知心理学
人間は自分以外の他者と対人関係にあるとき、その他者に対してさまざまな感情を持つ。他者を好きになったり、嫌いになったり、といった感情以外にもさまざまな感情を持つことがあるだろう。このような人間の、他者に対する内面的な感情や印象を、つまり、人間の「こころの科学」として考えられた学問が認知心理学である 註11 。
第一節にて述べた「欲しい」や「行きたい」などの反応は、「雑誌」という社会的なマス・メディアによって影響された結果であったが、「欲しい」や「行きたい」といった感情はどこから来たのだろう。この感情を持った原因は、認知心理学の帰属理論に適応させると、大まかに三つあると考えられる。その三つの理論とは、ケリー(1967,1972)によるANOVAモデル 註12 に含まれるものである。ANOVAモデルに当てはめた結果、原因のひとつとして、立ち読みしたその人がこの感情を以前に味わった経験があるということが考えられる、一貫性 註13 である。これは、言いかえると、その人は過去に雑誌を見たあと、「欲しい」や「行きたい」という欲求を必ず抱いたことがあるということに帰属する、という考えである。一貫性が高いと、その人立ち読みをするとは必ず「欲しい」といった欲求を持つことになる。二つめの理論は、立ち読みされた雑誌に関係してくる、弁別性 註14 という情報である。そして、弁別性が高いと、その人は、立ち読みしたその雑誌のみにしかそういった欲求を含む感情を抱かない、という考えに帰属できる。弁別性が低い場合は、その人はどんな雑誌であっても読めば「欲しい」や「行きたい」などといった感情を持つという考えに帰属するのである。三つめの理論としては、一致性 註15 という情報である。一致性とは、この場合、立ち読みしたその人以外の他者も関係してくるものであり、したがってその人の周囲の環境に影響する。一致性が低い場合は、その人の周囲には関係なく、その人だけが雑誌を読んだ後、「欲しい」や「行きたい」という感情を抱く、ということである。その逆で、一致性が高いということは、つまり、雑誌を見たその人の周囲には、「欲しい」や「行きたい」などを思っている人が多いからその人が「欲しい」や「行きたい」という感情を持ったとしても当然である、という考えに帰属することができる。
以上に述べたように、「欲しい」や「行きたい」といった感情を抱いた原因を考えるとき、繰り返し観察した結果に基づいて行われる帰属をモデル化したANOVAモデルというケリーの帰属理論を用いることで、人間の社会的な行動に至ったこころの動きを考えることができるのである。
認知心理学におけるANOVAモデルの考え方は、第一節で述べた社会心理学の分野にも存在する 註16 。よって、認知心理学と社会心理学は、共に人間の「こころ」を考える学問であると言え、様々なことに応用できる。
第二章 心理学とコミュニケーションへの対人認知
社会という言葉は一つであるが、この言葉にはさまざまな種類の集団が含まれている。企業、学校、地域の自治体など、比較的規模の大きいものや、家族などの少数間で構成される集団などがある。その集団の中に人間は存在し、多くの社会的影響を受ける。人間が集団の中で、社会的影響を受ける関係にあたるまで、またはそういった関係になるために、コミュニケーションが重要な役割を持つ。コミュニケーションなしに、社会的影響を受けることはないだろう。コミュニケーションには心理学的要因が含まれていると考える。相手のことを配慮しながら話したりすることなど、さまざまな思考を脳裏にめぐらす。コミュニケーションにはさまざまな種類があり、人と人が取り合うコミュニケーションが最も社会で行われているコミュニケーションであることは間違いない。対人関係において、コミュニケーションをはかろうとするとき、人間は考える。初めから礼儀知らずに、慣れなれしく話かける人は、あまり好意的な印象を持たれないだろう。このことを考え、人は初め謙虚な態度をとるのであろう。また人は、年上の人や、年下の人、上司や部下など、自分とは違う年齢や位の人に対してコミュニケーションの仕方を考え、変化させる。ここには、コミュニケーションをする相手が集団の中で存在している様が影響してくる。さらに、ある人と、コミュニケーションを取る前に、他者(第三者)からその人の情報を聞くことがある。ここには、またコミュニケーションに直接影響する印象形成に関する事柄がある。そのときの情報の提示順に影響することを第一節で述べ、それを発展させた持論を第二節で述べる。
第一節 対人認知
社会における人間は、何を思って存在するのであろうか。人間は多種多様な集団に存在し、生活している。必ずしも各人にひとつずつの集団が当てられているわけではなく、一人の人間が多数の集団に属している。
そして人間は、自分が含まれる集団(内集団) 註17 を正当化、つまり、自分以外の他者の集団(外集団) 註18 を否定しようとする傾向にあり、これを外集団均質化効果 註19 という。
例えば、自分が在籍している高校の野球部が甲子園に出場したとき、他の都道府県の代表のチームを平均化して認知し、自分の中に取り入れる。自分の学校の野球部はさまざまな面々(例えば本格派エース、足の速い内塁手、肩の強い外野手)を認知しているが、他校の選手を見るときは、平均的な数値や、輪郭しか認知していないことがある。集団に存在する人間は、自分が存在する集団を詳しく認知しようとして、自分が含まれない集団をあまり積極的に認知しようとしないのである。
そういった中で、人間は社会という集団によってさまざまな影響を受ける。自分に向けられた他者の持つ意見に耳を傾けては、それを気にしたり、はたまた一切気にかけることなく平静な態度をとってみせたり。このような態度は、その意見を受けた人間が、意見を放った人間に対する認知の仕方に影響する。このような認知は対人認知と呼ばれ、「他者に関するさまざまな情報から、他者のパーソナリティを推測したり、行動を予想したりすることを『対人認知(person perception)』と呼ぶ。 註20 」とある。対人認知には、さまざまな種類があり、この中で、ひとつ取り上げることにする。
社会心理学、認知心理学における、人間の対人認知の分野で、「事前情報効果」 註21 という考え方がある。これは、アッシュ(Asch, S.E.,1946)が世界で最も早く研究した考えであるが、彼が書いた論文の中には以下のような実験がある。その実験とは、対人認知は、他者に関する情報の提示順序に大きく影響する、というものである。例えば、同じ人の性格を表す6つの語句を、以下のような二つの順序で被験者へ紹介するとする。
リストA:頭がいい→勤勉な→衝動的→批判的→頑固→嫉妬深い
リストB:嫉妬深い→頑固→批判的→衝動的→勤勉な→頭がいい
註22
この二つを紹介し、認知に影響した結果は、明らかなのである。リストAの情報を入手した人はリストBを受けた人よりもAに対してポジティブな印象を持つ。このことはAとBの提示の順序が異なっていることが原因であると言える。つまり、「こういった最初の情報が全体的な印象形成に大きな影響力をもつことは、『初頭効果(primacy effect)』として知られているが、それは同一情報が先行する経験によって異なった処理を受ける可能性が存在することを示している。 註23 」ということなのである。そして、この「事前情報効果」によって深く刻まれた印象は、その後のコミュニケーションに大きく影響するのである。この「事前情報効果」を発展させた持論を第二節で述べることにする。
第二節 第0印象
知らない人と初めて会うという場面で「第1印象」という言葉をよく耳にすることがあるが、この言葉は印象形成においてかなり重要になる認知方法である。第1印象は、印象形成の対象となる人の容姿、声、動作、性格、思考が深く関わってくると同時に、判断する側の人は、対象者のそれらの項目を判断し、自我の中に印象形成として取り入れていく。このことが、この対面後の相互の関係を大きく左右するということは誰もが経験していることであり、容易に想像できるであろう。
ここで、「第1印象」とは、対人認知において、その場に対象となる人と判断する人がその空間に相互的に存在するときに行われる印象形成の一種であり、人間が対人認知するうえで一番初めの過程であると考えられる。しかし、人間が認知という行為をする際に、判断する側の人間とその対象者が同じ空間に必ずしもいるわけではない。ここで、人間の印象形成において「第1印象」よりも以前に行われ、かつ重要になることがある。それはいわば「第0印象」であると考えられる。「第0印象」とは判断する側の人間が、近い未来に対象者と同じ空間で対峙するということがわかり、事前に対象者の情報を知ったときに抱く印象のことである、と定義することにする。
例えば、Aという人が友達BにBの友達Cという人を紹介してもらうことになったとする。Aは、BにCの性格、風貌、育ち、学力などの特徴を聞くことになるだろう。すると、Cをよく知るBは、極めて簡潔、明瞭にCの特徴をAに説明する。このとき、Bは何らかの形で、すなわち、話す声量の大小、強弱、スピード、を変化させることなどによってCについてAに最も伝えたいこと、Cの長所などを話そうとする。しかし、Aは一度も会ったことないCのことをAの認知で解釈する。つまり、AはCの印象形成を行った、ということである。Bは、自分が意図したCの印象をAに植え付けることができなかったかもしれない。そのような場合は、AによるCに対しての認知がBの伝えたいように伝えることができなかった、ということなのである。こういった場面は第1印象の時と同様、皆が経験したことがあることであるだろうが、この印象形成は第1印象よりもかなりその後に重要な働きをするだろう。そして「第0印象」によって抱かれた印象を人間は今後のコミュニケーションに対応させていく。
上述したように、「第0印象」理論の印象形成は、「第1印象」における印象形成と、行う状況が異なることがわかる。「第1印象」では、1対1の関係、さらに同じ空間においての直接的な対人認知であるが、その前の段階での印象形成である「第0印象」は、1対1の対人認知ではない。第三者を挟んでの対人認知なのであり、言わば「間接的・印象形成」であろう。
「第1印象」では、1対1におけるコミュニケーションが存在し、直接的に関わる印象形成なので、今後の関係は、良くも悪くも対象者と判断者の間での話である。しかし、「第0印象」ではどうだろう。1対1ではなく、対象者と判断者の中に、両者を知る第三者が入り込んでいる間接的なコミュニケーションが存在する。このコミュニケーションは、前述したAとBとの関係で行われるものである。AがするCに対しての認知は、AとBのコミュニケーションの具合に多大に影響される。AとBのコミュニケーションが良好であったら、Cについての印象形成もBの意図するように行われるだろうが、その逆もある。つまり、「第0印象」の印象形成は、コミュニケーションの問題でもあるのである。
第三章 コミュニケーションツールと認知能力
家族や親しい友人などといった身近な人々ならまだしも、それ以外の人とコミュニケーションをするとき、なくてはならないのが携帯電話やパソコンなどといったコミュニケーションツールである。このコミュニケーションツールはまたたくまに社会に普及し、人の顔や声を見たり聞いたりせずにコミュニケーションをすることができるということで、コミュニケーションをしている相手が目の前にいると普段は恥ずかしくて言えないことや、言わなくていいことまで言ってしまうというものである。しかし、このコミュニケーションツールの利点であったはずのものが、コミュニケーションの厚みを衰退させる危険性がある。表面的な付き合いの人々の「こころの動き」がコミュニケーションツールの働きによって具現化されているのである。
そこで、コミュニケーションに必要な認知能力を、道具(tool)を創造することによって養ってきたとされる人類は、やはり、コミュニケーションツールを用いてコミュニケーションを取り合うことが望ましいと考えられると思う。第一節では、集団内に存在する人間のコミュニケーションの問題点を、第二節では、道具を創造することによって人類が認知能力を養ってきたことを述べる。
第一節 コミュニケーション問題
携帯電話やパソコンなどが急激な速さで普及し、さらに高技術による動作の高速化、求め易い価格になり、高品質の商品が次々と社会に流れ出ている近年は、言葉を交わさなくてもある程度の生活ができる。携帯電話やパソコンはそういった意味ではコミュニケーションのツールとして一番浸透しているであろう。その一番の特徴としては、携帯電話などによってわれわれは目の前にいる人よりもその場にいない人物とやり取りができるようになってしまった、と言える。
例えば、会社の同僚である二人がレストランへ食事に行ったとする。二人は席に着き、メニューを見て、オーダーをする。そして、すぐさま携帯電話を手に取り操作して、頼んだ料理が届くまで会話をしない、という光景は珍しいことではないのである。目の前でいざ一緒に食事をしようかという人を差し置いて、携帯電話でその場にいない人とやり取りをしているのである。これは、携帯電話によって相互的なコミュニケーションが図れていないのと同時に、対人認知が上手く行われていないという結果がむき出しになった状態である。この二人の対人認知が上手く行われていないという原因は、心理学的に考えることができる。「会社の同僚」という二人は会社内で共に存在するわけであるが、この会社という集団は、絶対的商行為や営業的商行為などの商行為を目的として社を運営しており、社会に属しているのである 註24 。つまり、どんなに社内の社員間の信頼や一致が存在しても、それは人々の単なる並存とみなされる。加えて言えば、社員がどんなに仲良くして、共に営業成績を伸ばそうとして相互に助け合って働いたとしても、それは一時的な外見上の共同生活なのである 註25 。この外見上の共同生活が携帯電話というコミュニケーションツールを隔ててレストランに現れた、ということである。しかし、会社内での共同生活が外見上だけにならないようにするには、どうすればいいのだろうか。
私は、コミュニケーションには、やはりコミュニケーションツールが必要であると考える。なぜならば、人類は、コミュニケーションに必要な認知能力を、道具によって養ってきたからである。
第二節 コミュニケーションツールと認知能力の養成
前述したように、コミュニケーションが希薄になっている人間の多くは、「会社」というような集団内に共に存在するものの、例えば、同じ部署に所属し、その企業の利益を求めるという一定の目標を持ち、共に働こうとするものの、ただ集団に「共に存在するだけ」なのである。そして、この「共に存在するだけ」という表面的な人間関係の状態を具体化させたのが第一節で述べたことである。携帯電話やパソコンといった便利なコミュニケーションツールが「共に存在するだけ」という表面的な人間関係に悪影響な働きをし、具体化させた要因のひとつと言えるだろう。
しかし、「共に存在するだけ」な関係でしかない人間たちが、次の日からそれこそ心を入れ替えて内面的な「こころ」のつながりを持ったコミュニケーションができるとは思えない。そして、コミュニケーションを取り合う相手のこころの中でされている認知行為を直接的に知ることはできない。しかし、他者がこころの中で行った認知行為の結果は知ることができるのではなかろうか。
例えば、他者との関係を携帯電話の電子メールによって築くとき、メール相手が自分との関係を良いものにしたいと思っているかどうかは、メールの文面によって判断することができるだろう。これは、メール相手の内面的なこころの動きを、メールによって知ることができうるということである。すなわち、人間がコミュニケーションを相互的に図ろうとするには、コミュニケーションツールが必要となるということである。なぜなら人類は、コミュニケーションには欠かすことができない対人認知における他者を認知する能力を、「道具(tool)」によって養ってきたからなのである。
古くの人類の祖先が創造してきた石器には、時代の移り代わりによって、石器の形も変化している事実がある。さらにそれに伴い、彼らの認知能力も変化していたことがわかってきた。
当初はただ無作為に選んだ石と石を、叩き合って砕いて道具となる石器を作っていた 註26 のだが、後には、第一工程では荒削りをし、段階を踏んで研磨し、石器を作っていくようになった 註27 。つまり、作る途中の適応力を養う能力、物事を予測したり、判断する、認知能力を備えつけたりしたのである。この能力を養うことは、石器作りだけではなく、コミュニケーション能力の発達にも大きく結びつくこととなった 註28 。すなわち「第0印象」から段階を踏んで他者とのコミュニケーションを築いていく能力は祖先の石器時代から培われてきたものだったのである。入來(2001)は、「人間は、その身体的行為によって自然界のものを加工して道具を作り、それを用いなければ自らが作り上げた環境の中で適応し生存することができない。 註29 」と述べる。これは、人間が自ら作った「社会」という環境における、コミュニケーションを行う空間では、道具を用いなければ、完璧なコミュニケーションを図ることは難しいということに繋がる、と私は考える。
しかし近年、石器という「道具」によって個々の認知機能を養い、それを発展させて相互的なコミュニケーションの基盤を築いた人類が、今や携帯電話やパソコンという「道具」によって認知機能を低下させ、さらにはその低下がコミュニケーションの衰退に陥ってしまう原因も作り上げてしまったのである。
終章 心理学的コミュニケーション
ここまで、社会心理学と認知心理学における対人認知の分野から、人間の相互的なコミュニケーションのあり方について述べてきた。
人間の対人認知における「事前情報効果」については、同じ情報でも、得られる情報の提示順によって認知する仕方が変化してくる、という「初頭効果」がその後のコミュニケーションに影響する。さらに、初頭効果を応用させて、第1印象という印象形成の以前に行われる対人認知、「第0印象」という第三者を含む「間接的・印象形成」の持論を展開させて述べてきた。
便利で使いやすいコミュニケーションツールであるとされてきた携帯電話やパソコンは、顔や声を見たり聞いたりすることがなくコミュニケーションができるという点で、コミュニケーションが浅はかなものとなりうる危険性があると考えられる。
うまくコミュニケーションが図られていない人間とは、同じ企業に共に存在していても、表面的なつながりしかなく、内面的な「こころ」のつながりがない者のことである。
上のような状態を改善させる為には、人間のコミュニケーションを心理学的に思慮していかなければいけないのである。人間が「こころ」で他者を認知することで、例えば「第0印象」のように、コミュニケーションを取る以前の行動からの対人認知における印象形成を深い、浅はかでないものにしていくことで、その後の過程である社会的なコミュニケーションに発展させることができるのではないだろうか。
そして、コミュニケーションにはやはりコミュニケーションツールが必要であると述べたが、なぜならば、人類がコミュニケーションに必要な認知能力を石器造りによって養ってきたからである。さらに人間は道具を使わなくして「社会」という人間が作りあげた環境でコミュニケーションを満足にすることはできないのである。道具を創造することによって認知能力を養ってきた「こころ」を「コミュニケーションツール(道具)」と共に認知能力によって成り立つコミュニケーションへ応用させることが可能である。
携帯電話の電子メール機能などのコミュニケーションツールによって、対人認知における、事前に得た情報の働きである初頭効果、つまり「第0印象」によって抱いた印象形成を、メールの文面から読み取って判断や予想を行い、うまく築いていくことが、大昔から養ってきた人間の認知能力を発揮することでもあるのである。そして、これが「心理学的コミュニケーション」への第一歩であり、人類が踏み出さなければいけないことでもある。
おわりに ―「心理学的コミュニケーション」を書き終えて―
この論文では、社会心理学と認知心理学における対人認知の分野を取り上げ、コミュニケーションと結び付け、そのことを述べたことは非常に重要であったと思う。しかし、私が今回取り上げた分野は、限りなく広いものであり、コミュニケーションに結びつく「対人認知」でさえすべて書くことができなかった。
今後、対人認知という分野を考えることは、人間が社会で心地よく人間関係を築いていくために必要なことであり、この論文で取り上げることができなかった範囲もコミュニケーションに大いに影響するので、自らの課題にしていきたい。
【脚註】
註1 行場次朗『知性と感性の心理―認知心理学入門―』2000年、福村出版、10頁参照。 >>>本文へ
註2廣岡秀一『社会心理学――個人と集団の理解――』ナカニシヤ出版、1999年、23頁引用、参照。 >>>本文へ
註3テンニエス『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト―純粋社会顎の基本概念―上』杉之原寿一訳、岩波書店、1912年、35頁参照。 >>>本文へ
註4原岡一馬『INTRODUCTION TO PSYCHOLOGY 5 社会の中の人間』福村出版、1990年、11頁参照。 >>>本文へ
註5同上14頁参照。 >>>本文へ
註6同上参照。 >>>本文へ
註7同上引用。 >>>本文へ
註8同上参照。註9同上22頁引用。 >>>本文へ
註10細江達郎『いんとろだくしょん社会心理学』新曜社、1990年、2頁引用。 >>>本文へ
註11岡林春雄『認知心理学入門―その基礎理論と応用ー』1995年、17頁参照。 >>>本文へ
註12原岡『社会の中の人間』61頁引用。 >>>本文へ
註13吉竹久美子『知性と感性の心理―認知心理学入門ー』183頁引用。 >>>本文へ
註14同上引用。 >>>本文へ
註15同上引用。 >>>本文へ
註16原岡『社会の中の人間』61頁引用。 >>>本文へ
註17吉竹『知性と感性の心理ー認知心理学入門ー』同上引用。 >>>本文へ
註18同上引用。 >>>本文へ
註19同上引用。 >>>本文へ
註20堀毛一也『いんとろだくしょん社会心理学』新曜社、1990年、53頁引用。 >>>本文へ
註21廣岡秀一『社会心理学ー個人と集団の理解ー』31頁引用、参照。 >>>本文へ
註22同上引用。 >>>本文へ
註23同上引用。 >>>本文へ
註24テンニエス『ゲマインシャフトとゲゼルシャフトー純粋社会学の基本理念ー上』34-37頁参照。 >>>本文へ
註25同上参照。 >>>本文へ
註26入來篤史『ー認知科学の新展開②ーコミュニケーションと思考』岩波書店、2001年、4-5頁参照。 >>>本文へ
註27同上参照。 >>>本文へ
註28同上、3頁参照。 >>>本文へ
註29同上、3頁引用。 >>>本文へ
【参考文献表】
- 乾敏郎、安西祐一郎他『―認知科学の新展開②―コミュニケーションと思考』岩波書店、2001年。
- 岡林春雄『認知心理学入門―その基礎理論と応用―』金子書房、1995年。
- 行場次朗、箱田裕司他『知性と感性の心理―認知心理学入門―』福村出版、2000年。
- テンニエス『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト―純粋社会顎の基本概念―上』杉之原寿一訳、岩波書店、1912年。
- 原岡一馬、長田雅喜他『―INTRODUCTION TO PSYCHOLOGY 5― 社会の中の人間』福村出版、1990年。
- 堀毛一也他『いんとろだくしょん社会心理学』新曜社、1990年。
- 吉田俊和、松原敏浩他『社会心理学―個人と集団の理解―』ナカニシヤ出版、1999年。