『アメリカの黒人差別と黒人女性』

7589 伊藤暁香




愛と哀-アメリカ黒人女性労働史-において『世界で最も貧しいのは、未婚の黒人女性である』と知った。中学高校と女子校であった私は女性学という学校独自の授業を受け、日本における男尊女卑の歴史や女性が受けてきた差別、今もまだ社会に残る男女差別―セクシャルハラスメントや雇用の問題について調べ学んできた。今の日本では、『男女雇用機会均等法』が制定され、また同様に『労働基準法』『育児・介護休業法』で女性労働者に関する部分も一部改定されセクハラについてもこの改正で初めて規定された。しかしながら、現実には男性と女性の取り扱いや人数の構成比率には差があり、昇進にしても依然として平等に扱われていない。今回本書を読み、日本だけでなく様々な国における女性差別というものを知った。今まで、日本での差別しか目を向けていなかったために、世界における女性差別問題は無知であった。世界から様々な差別をなくすためには、個人個人が世界に目を向けることが必要だと感じた。そして、同じ女性として、女性であることで差別の対象とされることは許すことができない。このレポートは、私が世界の女性差別について知っていく最初のきっかけとなった。今回は、最初に述べたように、黒人女性についての問題を取り上げようと思う。しかしながら、黒人差別の問題は女性だけが迫害を受けたわけではない。黒色人種として生まれてきた人々が理不尽に差別をうけてきた歴史上の問題である。まず、この黒人差別についての当時の様子や社会背景、また実態を見つめたあと、とくに黒人女性について焦点を当て、論じていきたい。まず始めにアメリカで16C.に始まる奴隷制。他国で、とうに始まっていた制度をとりいれた。この制度によりアフリカからモノとして輸入された黒色人種の人々は国内で売り渡され、白人領主の地で不平等労役に従事した。ここで輸入という言葉を用いたことは、もちろん私が黒人の人々に差別的な偏見を持っているからというわけではない。当時の黒人に対する扱いというものがまさにモノに対する扱いのようであり、この言葉で顕著に当時の状況をわかってもらうことができると思ったからだ。おおまかな流れではあるが、1861年に南北戦争が起こる。リンカーンを代表する奴隷制反対派が勝利し、ここで奴隷制は廃止される。しかしながら、『解放令によって黒人奴隷は自由の身になったと宣言されても、ニガー(黒人)はどっちみち奴隷みたいなものだ。』(アメリカ黒人の歴史 128頁)といわれたように、戦後の社会ではスレードコード(奴隷法)に代わって、ブラックコード(黒人法)がつくられていた。この黒人法というものは、黒人に対する多くの制限条項を骨子とし、経済的には黒人を土地に緊縛して強制労働や不払労働に服させると同時に、政治的には黒人の民主化闘争を阻止するためのものであった。さらに1883年に合衆国最高裁判所が『アメリカ国民に与えられたいろいろな特権(公民権)はそもそも州の市民にそなわるものであるから、これらは黒人の市民権付与を規定した憲法修正第14条の適用は受けない。』として公民憲法に違憲判決を下した。これにより、南部諸州では、交通機関、学校、レストランなどにおける人種差別と隔離が法律によって法制化されていった。さらには、“Separate but equal”(隔離はしても平等)という原理を確立し、あらゆる人種差別に法的支柱を与え、背後から助長するようになった。20世紀に入ると、今度は黒人が結成し、差別撤廃に努めるデモを行うようになった。1963年のワシントン大行進を機に、新たに公民権法が制定され、実質法律上では、黒人差別が撤廃された。ここで2000年のアメリカ映画「タイタンズを忘れない」を紹介したい。1971年、人種差別撤廃が叫ばれているヴァージニア州アレキサンドリアを背景に描かれたノンフィクション映画ある。差別撤廃の社会変化に順応できない中、白人の高校と黒人の高校が統合され、アメリカンフットボールチームタイタンズが結成される。そのヘッド・コーチとなったのが、黒人のハーマン・ブーン。これまでヘッド・コーチを務めていたビル・ヨーストは自分の地位が黒人に奪われたことにショックを受けるが、やがてアシスタント・コーチを引き受ける決心をする。人種の壁がチームにゴタゴタを起こしていた頃、転校生がやってくる。陽気で進歩的な彼の姿勢は、チームに影響と活気を与えた。そしてこの白人・黒人混成チームは大会で快進撃を続け、州大会の決勝に進み、一進一退の激しい攻防戦の末、見事に優勝する。この映画の背景となる社会情景は、黒人差別が撤廃されたあとでも、白色人種の人々は差別意識が根強く残っており、また黒色人種の人々には恨みの念が消えない。だが、アメリカンフットボールというスポーツは、人種を超え、人々の心をつないだ。同じ目標を持ち互いに切磋琢磨できる、また深い友情を持つことができ、優勝の喜びを共有することもできる。ただ肌の色が違うだけであり同じ人間である。なぜずっと共生していくことができなかったのだろうか。この映画を見て、スポーツのすばらしさを教わったのはもちろんだが、私にはこのような悲しい疑問が芽生えた。 次に黒人女性に焦点をあて、述べようと思う。まず黒人女性と白人女性の労働比率の格差はデータとして明らかになっている。黒人女性は家事を義務と強いられ、さらに雑草を掘り起こし、作物の世話という農業労働までも担っていた。1870年、既婚黒人女性の40%以上が職を持ち、農場労働に従事していた。対照的に、白人女性の98.4%が家の中を管理し、給料をもらう職にはついていない。また、解放民女性の中には、奴隷制のころとかわらぬ苦役を続ける者もいた。女性がおこなう仕事の質と量、そして彼女に支払われるべき報酬に関する意見の不一致が奴隷所有主同様の白人男性の怒りを誘発した。女性や子どもは男性より力がないため怒りの捌け口とされ、ひどい暴力の対象ともなった。また性的な暴行を受けることもしばしばあった。今も、この女性と男性の力の差による問題はなくなっていない。最初に例に挙げたようにセクハラの問題であったり、売春であったり、弱い女性に危害を与えている問題は多い。力の差を男性の欲望のために利用することは許されない。この差を理解したうえで、男女様々な場で協力していく必要がある。日本においては、この協力が完全ではないが、出来ていると私は思う。現在、女性が社会の場でめまぐるしい活躍をしている。女性の社会進出とよばれる動きに象徴される。男性が女性を理解し、女性がさらに活躍をすることで本当の男女平等社会が生まれるだろう。 最後に、今回アメリカの黒人差別について調べ、やはり差別というものが世界中どこにでも起きてしまうという事実を悲しく思った。ただ肌の色が黒い、という判断基準のみでひどい扱いをされることは黒人にとって不平等で、また差別をしてきた白人にも何の利益もないのではないだろうか。人種や言語、民族で差別をしてはならない。これは確実にしてはならないことなのである。たとえ自分とは見た目が違っても、その人の中身を見ることが大切である。相手の中身を知ることは、相互理解につながり世界が相互理解できたら、差別だけでなく紛争の問題にも解決の意図が見えてくるだろう。



<参考文献>アメリカ黒人の歴史/本田創造愛と哀 
アメリカ黒人女性労働史/ジャックリーン・ジョーンズ


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