人と人との共生
~人間関係の心理学的考察~
7589 伊藤暁香
論文概要
もののけ姫から考察できた人と人との関係は大きく二つにわけることができた。ひとつはエボシが率いるタタラ場の表面的な人間同士の関係であり、もう一方はアシタカの村にみられる内面的な人間同士の関係である。内面的な人間同士の関わりは、人間同士の共生がはかれており理想であると結論をくだした。しかし、現実にはアシタカの村のような関係を築くことは不可能である。村落というような場はなくなりつつあり、メディアの発達により近所の付き合いも薄いものとなってきた。人づきあいが減っていくことで、ますます人間は特定少数の人としか関わらなくなってしまったようにも感じる。私たちはここで人と人との関わり方を見直し、よりよい対人関係を模索することで、人間同士の関わりにおける問題を解決することができるのである。
目次
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序論
- 第一章:青年期の友人関係の特徴
第一節:友人を持つことの意義
第二節:自己への関心
第三節:親友の定義
第四節:友情と愛情
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第二章:青年期の人間関係の発達にかかわる理論
- 第一章:エリクソン(Erikson,1950,1959)の漸生的発達理論
第二章:ハヴィガースト(Havighurst,1953)の発達課題
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第三章:人間関係のつまずき
- 第一章:登校拒否
第二章:対人恐怖症
第三章:集団いじめ・非行
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第四章:集団間関係
第一章:差別偏見・ステレオタイプ
第二章:社会的アイデンティティ理論
第三章:集団に属したい欲求 ブランド社会
- 結論
- 文献表
序章
現代社会で起こっている日々の社会問題に共通する要因は『心の問題』であるとここで定義したい。この定義ができるのは、リサーチフェアで映画もののけ姫を題材に環境問題の根本的な問題を考察していった結果、人と自然の共生を解決するには人と人の共生をも見直す必要があるという結論を得たからである。私は、この論文で特に人間関係に論点をあてる。人間関係の役割や、人間関係から生じる社会的な様々な問題を取り上げ、よりよい人間関係の築き方を模索する。また私と同じ歳くらいの多くの学生がこれからこれまで以上にいろいろな人間と接する機会を持つであろう。新たな人間関係を築き、新たな集団に属していくことになる。例えば、大学を卒業し新たに企業にはいり成人社会に仲間入りを果たしたり、結婚をし、子どもを授かり新しい家族を形成していったりするであろう。私たちは今までコドモとして存在してきた社会に、これからは責任と権利が与えられオトナとして行動していくことが求められる。これからの時代を担う私たちが人間関係の発達や心理的発達を理解することが、上記に述べた通り、現代社会で起こっている日々の社会問題を解決する最も有効な糸口になる。
まず、第1章では、青年期に焦点をあて、友人関係の特徴を述べる。青年期は友達のことで悩んだり、恋愛のことで悩んだり、悩むことが多い時期であろうと思う。友人と親友の境界線、友人を持つことの社会的価値、精神面での影響を考え、その上で友人関係の特徴と問題を指摘する。
第2章では、第1章で論じてきた青年期における人間関係の発達を扱ってきた理論を取り上げる。心理・社会的発達を提唱してきたエリクソン(Erikson)、発達課題を提唱してきたハヴィガースト(Havighurst)を考察する。
第3章では、人間関係によって生じるつまずきを考える。このつまずきは、それ以前の発達段階での人間関係によって形成されたものによることが大きい。この点を視野にいれ、つまずきによって起こりうる様々な問題を考える。
最後に第4章では、集団関係について考える。上記に述べた通りこれから私たちは新たな集団に属していくであろう。集団とはなにか考え、歴史上おこってきた哀しい差別問題について取り上げる。
この論文が、現代の社会問題を解決する基盤となることを期待する。
第1章 青年期の友人関係の特徴
1.友人を持つことの意義
友人は自分自身に大きな影響を与える。友人とはどんな存在であろうか。私としては、友人は悩みを親身に聞いてくれたり、他愛ない話を一緒に笑い転げたり、時にライバルになったり、また喧嘩相手になったりする。また友人を持つことの研究結果に、友人関係を持っている青年と持っていない青年とを比べ、持っている青年のほうが利己的で、優しく、かつ肯定的な関係を持っているほど自尊心が高いといった心理的適応面との関連がみられている。さらに「友人をうまく持てていないことはその後学校中退や犯罪をすることとも関連がある。註1 」とわかっている。ここから、友達とは自分を精神的に鍛え、ますます社会に適応していくためにも必要不可欠なものであるとわかる。
2.自己への関心
多くの人は自分をもっと理解したいと感じているようである。この自分を知りたいと感じ、自分についての情報収集に向かわせる欲求は、自己認識欲求註2 と呼ばれる。
この欲求は大学生や高校生という青年期に強くみられる。これは、青年期がコドモからオトナになる移行期にあたり、これまでの自己を再構成する必要が生じるためである。アイデンティティ(自我同一性)形成の時期には自己概念が不明確になりやすく、必然的に自己認識欲求が高まるのである。私たちも、高校生や大学生になり進路を考えた上で、自分を見失いがちになり悩んだであろう。自分探しや自己変革をテーマにした本を読み、自分とは一体どんな人なのか?を模索したこともあったと思う。例えば、過去にとらわれ前に踏み出せない自分に嘆いたり、先の見えない大きな夢に向かう将来を不安に思ったり、退屈で変哲もない生活に飽き飽きしたり・・・。自分の容貌、性格、生き方を他人と比べて悔やんだり、周りからの評価ばかり気にして本当の自分を見失いがちであった。しかし、これは誰しもが経験することである。多くの人間と共存する現代社会の中で、個人の知的な、感情的な、また感覚的な諸能力を表現することは難しい。だが、自己を知る手段は多々ある。これをメッテ(Mettee)とスミス(Smith)が紹介している。一つ目は、『社会的比較』である。自分の行動や特性を他者と比較することで、自分の意見や能力について知るのである。二つ目に『自己観察』がある。他者を見るのと同様に、自分の状態に注意を向けて観察することによって、自分の姿を性格に知るという過程である。この中には、過去の自分と現在の自分を比較してみるということも含まれる。三つ目に『社会的フィードバック』がある。他者からもたらされる様々な反応によって、自己を知るという過程である。例えば、「あなたは可愛い」「あなたは優しい」と他者から言われることで、「私は可愛いのだ/私は優しいのだ」と理解することにあたる。四つ目に『非社会的環境からの直接的フィードバック』がある。自分が何か起こした結果から、自分を知るということである。例えば、100mを全力で走ったら、10秒台だったので自分は足が速いと理解する過程である。また自己を知りたいと感じる一方で、自分について知りたくないという気持ちも同時にもっている。自分とはどんな人でどんな存在かを気づき始めたとき、思っていた自分と違った現実に背きたくなるからであろうか。例えば『もっと自分は強いはずだ―なぜこんな弱い?』このように、今まで築き上げてきた自分の像と現実の自分とが違うとわかったとき、自分について知りたくないという気持ちが芽生えるのだ。
3.親友の定義
この節は私が一番論じたかったところである。まず、『親友と友人の境界線はどこであるか?』という疑問を投げかけたい。友人とは〔互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人〕であり、親友とは〔互いに心を許し合っている友。特に親しい友〕である。註3 これでは、友人と親友の境目は曖昧さが残る。ここでアメリカにおける実証研究 註4 を参考にしたい。青年期の友情には少なくとも以下の三つの側面が存在するものと考えられる。第一の側面は、『好感・親密感』である。親しさ、話しやすさ、気軽さなどがこの側面に含まれる。この側面が強くなると、相互に依存し合うような関係になり、友人との密着を求める欲求が起こるものと推定される。第二の側面は『尊敬・肯定的評価』の側面である。友人の能力や人格を高く評価し、憧れ、尊敬する気持ちを意味する。「社会的望ましさ」や「道徳性」などはこの側面に含まれると考えられる。第三の側面は、『劣等感・競争意識』の側面である。序章でも述べた通り、ライバル意識を抱く側面である。例えば、友人の能力や人格や境遇を高く評価し、自分と比べて劣等感を感じるのである。青年にとって友人は、親しく心許す相手であると同時に、自分にない才能や体験をもつ憧れの対象となる。その一方で、友人は自分と年齢や環境が似ているために、友人への憧れは劣等感を刺激し、競争心をもうむのだ。この結果から上記に投げかけた問いの解答として、親友とはこの三つの側面がお互いに存在し、月日を重ねるに連れ最も親密な関係であると意識できる友人と定義できる。
4.友情と愛情
ここで扱う愛情とは、家族間や生徒と先生など一般的に近い関係から芽生える愛情ではなく、異性間に芽生える恋愛感情である。これまで友人関係について述べてきたが、これは主に同性の友人関係にみられる結果である。では、異性間の友情は成り立つであろうか?私は成り立つと考えているが、意外にも六割方の人しか成り立つと考えていなかった。また異性間の友情を否定する者も15パーセントいることがわかった。註5 これは1987年の調査であり、現在調査したら、多くの人によって男女間の友情が成り立つという答えが期待できるかもしれない。しかし、今も昔も同性間の友人関係と異性間の友人関係は異なるものと考える者が多くいると考えられる。異性間の友情を妨げる要因としては、恋愛感情にまつわる問題がある。友人と思っていても、もっと好きになるとその枠を超えてしまうから、相手に変な誤解をされるからなど、相手に対する感情的変化を予測し、グダグダした関係にならないために異性とは親密な友人関係をつくりにくいようである。註6 しかし、私が異性間での友情は成り立つと考えているように、この意識は個人の環境によると思われる。中学高校と女子校に通っていた私にとって、同い年くらいの異性と友人関係を築く機会はあまりなかったが、大学に入りサークルやゼミで多くの同い年くらいの異性の友人を持った。大変な課題や問題を一緒に乗り越え、お互いの絆を深めたと感じるが、それと同時に相手に対し信頼や尊敬の念をも抱き、青年の友情における三つの側面を持つ関係を築けていると感じる。やはり、友情と愛情は別物であり、環境にも左右されるとわかった。
第2章 青年期の人間関係の発達にかかわる理論
1.エリクソン(Erikson,1950,1959)の漸生的発達理論
心理・社会的発達を提唱したエリクソン(Erikson)註7 は各発達段階の心理・社会的危惧を中心とする理論図式を下記の表(表1)のようにあげている。エリクソンは人を中心とした社会的関係でのやりとりの中で同一性の心理・社会的発達を提唱している。例えば、乳児と母親の授乳場面をとりあげても、心理・性的発達では母親の乳首を口に含むことで性的満足を得るとする一方で、心理・社会的発達では乳児が自分の外的環境に対して発した空腹のメッセージに、母親が答えてくれたととらえ、乳児は自分の要求を満足してくれた外的環境に信頼感を得るとしている。成人期においての心理・社会的危惧は世代性・停滞性であり、自分と子どもとの関係が重要な人間関係となる。すなわち、自己というものを次の世代へ継承していくものが自分の子どもであり、自分の子どもを育てていくことを通して、自己を継承していくことができるかが危惧となる。例えば、教育や社会的貢献などを通して、自分の教え子や下の世代の者に対して自己のありようをつなげていくことができるのである。このように、他の段階においても表からわかる通り、エリクソンの理論は、課題を達成しようとしまいと人は心理的発達とともにすべての発達段階を通過していくと考えている。ただし、発達課題の成功や失敗は、次の段階の達成に大きく影響を与える。また、必ずしも成功だけを体験しなくてはならないのではなく、より多くの成功体験をもつことが発達にとって重要なのである。
表1<エリクソンによる漸生的発達理論>註8
| 段階 | 心理・社会的危惧所産 | 人格的活力 | 心理・社会的行動様式 |
| 乳児期 | 信頼・不信 | 望み | 母及び母性的人間 |
| 児童前期 | 自律心・恥・疑惑 | 意志 | 両親的人間 |
| 遊戯期 | 自主性・罪悪感 | 目的感 | 核家族的人間 |
| 学齢期 | 勤勉性・劣等感 | 有能感 | 近隣、学校内の人間 |
| 青年期 | 同一性・同一性拡散 | 忠誠心 | 仲間グループ |
| 前成人期 | 親密性・孤立 | 愛情 | 友情における相手 |
| 成人期 | 世代性・停滞性 | 世話 | 分業と持ち前を生かす家族 |
| 成熟期老年期 | 統合性・絶望 | 知恵 | 人類、私らしさ |
2.ハヴィガースト(Havighurst,1953)の発達課題
ハヴィガースト(Havighurst)註9 は、人間行動の多くは成熟よりも学習によるものであり、発達のそれぞれの段階において、到達・達成し乗り越えるべき課題のことを発達課題とよんだ。ハヴィガーストによれば、この発達課題を乗り越えるプロセスこそが発達であると述べており、適切に解決できればその後の発達はうまく進むが、解決できなければ後の段階で多くの発達上の困難に出会うという。これらの課題は、1、身体的成熟 2、社会の文化的圧力 3、人格や自我を形成する個人的価値や抱負 4、個人的動機や価値 から生じ、ほとんどの場合は、これらの相互作用から生じるとされている。ハヴィガーストは発達課題の源泉を三つ挙げている。第一は、身体成熟、つまり歩行の学習、青年期における異性への関心である。第二に、社会の文化的圧力である。これは、読みの学習、市民としての社会への参加の学習である。第三は、個人的な動機や価値意識、つまり職業の選択や準備、人生観の形成である。エリクソンとハヴィガーストのライフサイクルに立脚した発達の考え方は、人間の生涯の発達を考える上で有効で有能な考えである。
第3章 人間関係のつまずき
1.登校拒否
自我形成のためにも同性友人、同性仲間が必要であるということは、ここまでで理解してもらえたと思う。逆に言えば、同性友人を持つことができず相互依存の関係を築けなかった者が、登校拒否児となるのである。友人関係のつまずきは、このように登校拒否児を生むことと密接に関係している。また登校拒否児は年々増加傾向にあり、深刻な問題ともなっている。文部省の発表資料 註10 によると、登校拒否の原因としては、学校生活の問題として友人関係をめぐる諸問題が半数近くを占めている。つづいて学業の不振や入学や進学時の不適応、学校の規則となっている。友人関係をめぐる諸問題は、第三節でもとりあげるいじめの問題が大きいと考えられる。友人にいじめられる、仲間はずれにされる、孤立する、心から話し合える友達がいないというように、最初は様々な想いで学校に行きたく気持ちで休みがちになり、休めば休むほど行きづらくなるのである。登校拒否児は人を信じることが恐くなり、自分を表現する場がないと感じる。自分を偽り、相手にあわすような態度をとる。学校とは本来楽しい場所なのだ。そして集団生活の中で自由に自分を表現できる場である。不登校児にとって、学校で勉強ができないことが問題になる訳ではない。勉強は家でも十分できるし、親や家庭教師という方法で補うことができる。現にゆとり教育が実施されている学校現場で勉強の遅れが重要視されるとも考えられない。最も不登校児が直面する問題とは弱い人間になってしまうことである。学校に行かないことで不登校児が協調性を養うことは難しいし、豊かな人間性を培うことも難しい。人間は他人と協調し、関わることによって洗練されていくものである。さらに、一度不登校になってしまうと、これから更に失敗や逃げたい状況に遭遇した場合、立ち向かっていくことができなくなったしまう恐れもあるのだ。登校拒否は友人関係のつまずきにより生じると考えられるが、つまずきの修復で解決できる問題ではなくなってしまう。一度不登校になった子どもの心の傷は深く、なかなか癒すことができないのが現状であろう。
2.対人恐怖症
対人恐怖症とは、「他人と同席する場面で、不当に強い不安と精神的緊張が生じ、そのため他人に軽蔑されるのではないか、他人に不快な感じを与えるのではないか、嫌がられるのではないか、と案じ、対人関係からできるだけ身を退こうとする神経症の一種註11 」である。登校拒否児と同様に対人恐怖症の者も、前青年期から青年前期における同性友人との円滑な対人関係を結ぶことができず、個人的な親密関係を作ることに失敗している。つまり家庭外との他者と相互関係をもつことを失敗している。註12 そして対人関係から退いて、自分の世界にこもる。幻想的理想像が現実性によって失墜を続け、それが自己嫌悪と他者嫌悪を増幅する。人間関係のつまずきは、ますますの人間関係からの逃避を促している。現代、携帯電話やインターネットが拡大し、かつての友達づきあい近所付き合いという形が薄れている。今後、さらにこのような症状をかかえる子どもたちが増えると推測でき、大きな問題である。
第4章 集団間関係
1.差別偏見・ステレオタイプ
ステレオタイプとは、人々をわけるカテゴリに結びつき、そのカテゴリに含まれる人が共通して持っていると信じられている特徴のことである。特に認知的な意味が強調される。偏見とは、ある集団とその成員に対する否定的評価や感情のことである。この場合は単なる知識ではなく、そこに含まれている否定的な感情が意味として強調される。註13 歴史上多くの不合理な差別が起きている。先住民に対する差別であったり、ヒトラーを筆頭にしたナチス政権によって起こされた差別であったり、移民に対しての差別であったり哀しいことだが起こってしまった事実がいくつもある。ここで、アメリカの黒人差別を挙げ、黒人女性への差別に焦点をあてる。まず黒人女性と白人女性の労働比率の格差はデータ註14 として明らかになっている。黒人女性は家事を義務と強いられ、さらに雑草を掘り起こし、作物の世話という農業労働までも担っていた。1870年、既婚黒人女性の40%以上が職を持ち、農場労働に従事していた。対照的に、白人女性の98.4%が家の中を管理し、給料をもらう職にはついていない。また、解放民女性の中には、奴隷制のころとかわらぬ苦役を続ける者もいた。女性がおこなう仕事の質と量、そして彼女に支払われるべき報酬に関する意見の不一致が奴隷所有主同様の白人男性の怒りを誘発した。女性や子どもは男性より力がないため怒りの捌け口とされ、ひどい暴力の対象ともなった。また性的な暴行を受けることもしばしばあった。今も、この女性と男性の力の差による問題はなくなっていない。例を挙げるとセクハラの問題や、売春といった弱い女性に危害を与えている問題は多い。力の差を男性の欲望のために利用することは許されない。この差を理解したうえで、男女様々な場で協力していく必要がある。また黒人差別のように、ただ肌の色が黒い、という判断基準のみでひどい扱いをされることは黒人にとって不平等で、また差別をしてきた白人にも何の利益もない。人種や言語、民族で差別をしてはならない。たとえ自分とは見た目が違っても、その人の中身を見ることが大切である。相手の中身を知ることは、相互理解につながる。やみくもに多数派が強い立場に必ずたち、少数派は尊重されないのであっては真に人間同士のつながりを深めたとは言えない。
2.集団に属したい欲求 ブランド社会
人間には、『自分が所属する集団の価値を高めることで、自分自身の価値も高めたい。』という基本的な心理註15 を持つ。一般的に、人は自分の価値を集団として考えやすく、所属集団の価値が高く評価されれば自分の価値も高まったように感じ、逆に所属集団の価値が下がれば自分の価値もさがったように感じる傾向がある。内集団の価値は別の集団との比較によって認識されるため、比較する外集団の価値が下がれば相対的に内集団の価値が高揚することになる。したがって、自己の集団的自尊心を高揚させようとして、外集団の価値を下げ、否定的評価を抱くという現象が生じることになる。このメカニズムは現代のどのような場で見られるだろうか。私は日本のブランド社会をつくりあげた要因にこのメカニズムが関係あるかもしれないと考えた。日本人は何もかもに価値をつけ評価しているように思われる。身近なところでは、大学である。関西学院にも関関同立と全国でいわれるよう、名前だけに高い評価がつけられている。学歴が評価される時代であり、エリートと呼ばれる集団も名が通った大学を卒業している。彼らは周りから尊敬の眼差しを向けられ、個人個人の自尊心は高まり、この集団に属していることを誇りに感じている。私はこのような人々が集団からとびだしたときに社会に適応することができていないなら、どんなに学歴や地位で自分を着飾っても哀しいと感じた。しかし、この現実を隠すために自分を強くみせたいという気持ちが芽生え、集団に属したいと考えるのは妥当な社会現象であるとわかった。またブランド社会は、この意識から発生したものであり、調べていくうちに日本人によくみられる意識であるとわかった。
まとめ
人と人とが共生していくためには、対人関係が大きく関わる。大人社会を担って行く私たちは、県内国内という狭い視野ではなく、グローバルな視点を持ち、世界規模で物事を考えていく必要もある。それには、歴史上起こってしまった差別問題や戦争といった人間によって同じ人間を悲惨な目にあわせてしまったという事実を教訓にし、これからは差別意識やステレオタイプといった古い概念をなくした上で、同種間で相互依存できる関係を築くことが理想である。また集団行動が悪い、一人で孤立することが悪いというわけではない。しかし集団行動をとる大衆が強いと考えがちな人間の集団に属したいという欲求は改めるべきで、少数派の意見も尊重される社会でなくてはならない。
私たちはこれから、たくさんの出会いがある。自己を見つめなおし、自分がどんな人間であるか認識することは重要である。自分の長所、キャラクターはどんどん表に出していくべきであり、積極性は対人関係を築く上でも大切な要素である。オトナとなり責任をもった行動をとるためにも、周りとの協調、協力を大事にし日々切磋琢磨していくことが求められる。
文献表
1、斉藤誠一『青年期の人間関係』培風館、1996年。
2、松井豊 上瀬由美子『社会と人間関係の心理学』岩波、2007年。
3、榎本淳子『青年期の友人関係の発達的変化』風間書房、2003年。
4、コリン・マッギン『意識の<神秘>は解明できるか』青土者、20
1. 斉藤誠一『青年期の人間関係』38頁 >>>本文へ
2. 松井豊 上瀬由美子『社会と人間関係の心理学』34・42・44頁 >>>本文へ
3. 広辞苑 >>>本文へ
4. Dabis,1985;Rubin,1970 >>>本文へ
5. 斉藤誠一『青年期の人間関係』180頁 >>>本文へ
6. 同上、181頁 >>>本文へ
7. 精神分析学者。児童の精神分析を学ぶ。ライフサイクルにかわる人格発達を体系化し、後の生涯発達の先駆けとなる。http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/psy/Erikson.htm >>>本文へ
8. 斉藤誠一『青年期の人間関係』12頁表 >>>本文へ
9. 発達課題論の代表的提唱者。米国の進歩的教育学部の指導者たちが作った発達課題という用語を1940-50年代に採用し普及に務めた。乳児期から老年期までの全発達段階の発達課題を設定。 http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/psy/havighurst.htm >>>本文へ
10. 登校拒否児童生徒に関する調査 平成5年11月実施 >>>本文へ
11. 精神医学辞典、弘文堂 >>>本文へ
12. 斉藤誠一『青年期の人間関係』151頁 >>>本文へ
13. 松井豊 上瀬由美子『社会と人間関係の心理学』55頁 >>>本文へ
14. ジャックリーン・ジョーンズ『愛と哀 アメリカ黒人女性労働史』 >>>本文へ
15. 社会的アイデンティティ理論(Social identity >>>本文へ
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