分化する文化〜言語の特異性と異文化理解の可能性〜


関西学院大学総合政策学部
進級論文

研究指導者 鎌田康男教授

学生番号 7284
氏名 東勇輝    

  


概要


 文化は様々な宗教、教育、法、政治など様々な要因と密接に結びついている。そして文化を考えるにあたって言語面を考えることは重要である。なぜなら、言語の違いを知ることが異文化理解に繋がるからだ。現在、国家間の異文化理解が成功しているとは到底言えない。例として、アメリカとイラクの争いを例に挙げる。表面的には様々な理由があるが、宗教的背景も有しているこの問題の根は深く、2500年前から続く困難な問題だ。このことから、この世界から争いがなくならない理由は、文化の差異によるものである。文化の違いによって起こる影響はこの例だけではない。たとえば、映画『もののけ姫』のアシタカの村とタタラ場の関係を考えてみたい。アシタカの村では人や自然との関係が内面的であるのに対して、タタラ場では表面的であることがわかる。これも文化の差異であり、そのタタラ場の表面的な人間関係から生じた問題として、現代における「ひきこもり」が挙げられる。そして、その「ひきこもり」にもさらに文化による違いがあることを、日本と文化の異なる西欧と共通点が多いアジア、さらに韓国を例として述べた。以上のことから、国際社会における問題点の中には文化の違いから生じたものが多数ある。そして、それを解決するためには、人々がお互いの文化を尊重し合い、相互理解することが重要なアプローチなのである。



 

目次


序論
第一章 文化的背景から考察する言語
第一節 「すみません」
第二節 独特の言語表現「曖昧さ」
第三節 方言からみる文化の差異
第二章 終わらない争い
第一節 イラクとアメリカの動向
第二節 2500年前から続く対立
第三節 文化の混在による新たな文化の生成
第三章 表面的な関係性から起こりうる問題〜ひきこもりから新たな文化へ〜
第一節 タタラ場とアシタカの村の比較〜恐れと畏れ〜
第二節 ひきこもりにおける欧米との比較
第三節 日韓比較から考えるひきこもり
 結論
 参考文献表


序論


 現代において、異文化理解は欠かせないものである。なぜなら、グローバル化が進み、交通手段の発達によって世界間交流はますます深められているからだ。今日では、世界の人々がお互いに共存を図らねばならない時代となっているが、その一方で、国家間あるいは民族間の紛争や摩擦が絶える気配はない。その原因として挙げられることに、政治や経済上の問題があるが、それはあくまで表面的なものだ。私は、歴史・地理的環境・文化・民族性などにまで踏み込んで原因を究明しなければ、真の解決などなされるはずなどないと考える。そのためには、自らの文化を基準として異文化の優劣を評するという考え方を排除しなければならない。そして、全ての文化は存在価値を有するという考え方に基づいて、異文化を理解し、尊重することが大切である。私は、異文化理解は人間における平和共存への第一歩であると確信している。


   

第一章 文化的背景から考察する言語


 言語は文化を考える上で大きな役割を担っている。異文化理解には、衣・食・住、宗教、教育など、多角的な検証が必要であるが、その中でも、言語面からのアプローチは効果的な方法であると考えられる。私は本章において、日常生活でよく使用される「すみません」という表現を具体例として上げ、それに対応する外国語表現として英語を用いる。そして次に、日本語独特の言語表現・英語独特の言語表現に着目して考察する。それらを比較した後に、次のステップとして日本国内における方言を考察する。そしてこれらの言語文化から、その文化的背景の差異を見つけることで、そこから推測しうる民族性にまで議論を発展させ、異文化理解へ通じる一端を考察する。


 

第一節 「すみません」


 日本語の「すみません」を自動翻訳すると、どのソフトでも"I'm sorry"と訳される。しかし実際には、この表現はそれほど簡単な英語では到底表現しえない。なぜなら、この短い5文字の中には、「ありがとう」「失礼します」「申し訳ございません」「よろしくお願いします」といった複数の感情が含まれているからだ。買い物をするとき、何らかの依頼をするとき、貸したものを返してもらったときですら、我々は平気で「すみません」を使用する。そこには、へりくだる、あるいは敬った表現が丁寧であるとともに、直接的ではなく婉曲的に表現することを良しとする文化が存在しているからだと考えられる。その考え方を反映したものは、外国語、特に欧米の言葉ではほぼ存在しない1と言っても過言ではない。彼らは総じて感謝を表すときは「ありがとう」、謝るときは「ごめんなさい」とはっきり表現する。
 日本人の中にはよく、欧米人は謝罪の言葉がないと不満を漏らす人がいる。それは、私たちが「すみません」、あるいは「申し訳ございません」という表現に慣れているせいでもある。しかし、逆に欧米人の側に立つと、日本人はなぜ悪くもないのに謝罪を連発するのか、という考えに陥るのだ。「すみません」の文化と「ありがとう」の文化。私は、これは言語面における代表的な文化の差異であると考える。以上のことをふまえた上で、私は言語の差異は文化的差異においての重要な視点であると考える。よって、二節にて日本語、あるいは英語での独特な表現である「曖昧さ」について、そして三節で日本国内の方言から考える異文化について論じたい。


第二節 独特の言語表現「曖昧さ」


 日本語と英語において最も大きな差異の一つに曖昧さがある。確かに、日本語独特の曖昧な表現はある意味で短所とも言えるが、日本での社会生活をスムーズに進めるためには不可欠なものだ。この節では、この「曖昧さ」に着目して議論を進めていきたい。まず、日本語についてだが、日本語は非常に曖昧な言語である。言葉が色々な意味に取ることができ、文法も曖昧である。ビジネスにおいては比較的正確な表現が使用されているが、それでも英語ビジネス文書の正確性に比べればはるかに曖昧である。2 一方で、英語圏においては日本語のような曖昧な表現は嫌われる。なぜなら、「英語は正確性の言語である」3 からだ。いちいち単語の前に"a"などの冠詞をつけたり、"a glass of"などの入れ物を明記したりなど、非常にしっかり物事を記述する。大学や企業などでも、英語に関しては文法のミスが非常に厳しくチェックされる。4 言いたいことが曖昧な状態はまず許されない。よって、英語は情報伝達のミスはかなり少ない言語といえよう。しかし、日本語の曖昧さにも良い点はある。例えば、曖昧さは人間関係を円滑にする。人間同士の性格の違い、考え方の違いも言葉を曖昧にすることでぼかすことができるからだ。どちらとも取れる表現を使用することで、両方の顔を立てることが可能な言語が日本語とも言えよう。いくつか具体的な例を挙げて説明する。
 我々は何気なく「特に」「多分」「〜だと思う」「〜かも」と使う。外国人からは、日本人といえば「maybe」と言われるほど曖昧な民族だと思われているようだが、最近はその傾向がさらに強くなってきた。何かを食べた時に「これおいしいかも」、好きだなと思うものに対して「好きかも」、行きたいと思うことに対して「行きたいかも」と、断定を避けて言う。あたかも自分のことでないかのように述べるのだ。おそらくこれは、〜〜かも、ということは、〜〜ないかも、という意味も含まれるということを意識してない上での発言であろう。他にはというと、断定を避けるという意識から生じた「〜的」や、お店のレジでよくある「千円からお預かり致します」といった表現もその例である。ちなみに、千円からということは、もっと払わなければならない、という事になる。さらに、我々が頻繁に使う「結構です」というのも代表的な曖昧表現である。なぜなら、この表現は肯定、否定どちらの意味にもなるからである。
 このように、日進月歩で曖昧化していく日本語。確かに、表現方法として、日本語の曖昧さが美しく響くこともある。しかし、日常会話の中で曖昧化が進んでいくと、これから日本語はどこまで曖昧になるのだろうと、いささか不安になる。周囲との調和を保つ為の曖昧さだと言われるが、正に言葉は国民性を表し、そして文化である。


第三節 方言からみる文化の差異


 二節では、日本語と外国語 (英語) の差異の一つである「曖昧さ」について述べたが、本節では日本語に焦点を当てて考えてみたい。日本語というには枠の中には、様々な方言が存在する。例えば、大阪弁、博多弁、名古屋弁、岡山弁、仙台弁など、挙げれば数え切れないほどだ。私はこの中で、仙台弁と大阪弁を特に考察することにする。まず、この2つの方言を標準語と比較する。例えば、標準語で「ける」は蹴ることだが、仙台弁で「ける」は何かをあげるということになる。5 これ以外にも、「こわい」は怖いではなく、疲れたという意味になり、「おれさま」はもちろん俺様ではなく、雷という意味になる。6 我々にとっては非常に不思議ではあるが、これが方言というものだ。次に、大阪弁は標準語と比較してみると、イントネーションが逆なものが多い。それとともに、仙台弁とともに標準語との同音異義語も多数存在する。例えば、「なおす」という言葉を挙げる。標準語で「時計をなおす。」というと時計を修理するという意味になるが、大阪弁では異なる。大阪弁で「時計をなおす。」というと時計を片付けることになるのだ。7 これらはほんの一例であり、同様の事例が多数存在する。
 ところで、大阪弁というと、近年、漫才などにおいて芸人の話し言葉として浸透している。生まれが標準語圏の人でさえも、わざわざ大阪弁を学び、大阪弁を話す。その影響かどうか定かではないが、標準語圏に住む人たちから見た大阪弁のイメージの多くは「おもしろい」である。そしてそこから転じて関西人はおもしろくなければいけない、といった固定観念が生じていることもまた事実だ。俗世的ではあるが、私はこれもまた言語が生み出した文化の違いではないかと考える。

 

第二章 終わらない争い


 今日、共存のために異文化理解を重要視する人も増加傾向にあるが、その一方で、世界中で文化の違いによって様々な戦争、紛争が引き起こされている。人間にとって異文化を正しく把握し、理解することこそが、争いや軋轢をなくすためには最も不可欠なことである。私は、この章で現在、あるいは過去に引き起こされていた、宗教文化の差異によって引き起こされたアメリカ同時多発テロ、そしてテロに至るまでの経緯を考察する。争いに至った理由は、一章で述べた言語的な側面だけでなく、経済的な側面・宗教的な側面・政治的な側面など様々である。しかし、その経緯を宗教的側面を軸として調べることで、そこから多様な面からの文化の差異を見出していくことが可能かを考えたい。その上で、文化と文化は混在が可能であるか、そしてその場合、文化は可算なものであるのかという疑問に対し、自らのコメントを付しつつ議論していく。


第一節 イラクとアメリカの動向


 2001年9月11日早朝、「アメリカ同時多発テロ事件」と呼ばれる事件がアメリカで発生した。犯人は旅客機4機をハイジャックし、そのうちの2機は世界貿易センタービル、残りの2機はペンタゴンに墜落させた。いうまでもなく、搭乗者は全員死亡している。死者は合計で2749人という信じがたい数であった。これはオサマ・ビンラディンをリーダーとしたアルカイダというグループによって計画、実行された。この自らの死を厭わない自爆テロは全米はおろか全世界を震撼させた出来事であった。合衆国政府は彼らが潜伏していたアフガニスタンのタリバン政権に対して引渡しを要求したが、拒否されたため、アフガニスタンに対して攻撃を開始した。アメリカに対する、イスラム原理主義勢力によるテロ攻撃の可能性は以前から意識されていたものである。
 ここで、今回のこの事件の宗教的背景を考えてみる必要がある。なぜ、イスラム過激派がアメリカをターゲットにしているのか。今回のテロ事件のプランナーとされているオサマ・ビン・ラディンは、「パレスチナ問題」でアラブ世界を脅かしたイスラエルに敵対視し、パレスチナ人の解放と祖国奪還を支援する事を目的としている。8 そして、そのイスラエルを強力に支援している米国のイスラエル偏重外交を憎悪し、必然的に米国を標的としている。その背景を考えるにあたって、まず我々は2500年前に遡って思考を巡らせなければならない。


第二節 2500年前から続く対立


 今回の事件では、「イスラム原理主義」と「パレスチナ問題」が重要な点となる。そもそも、パレスチナ問題は紀元前586年頃、唯一神エホバを信仰するヘブライ人(現在のユダヤ人イスラエル人)国家ユダ王国が新バビロニア王国に滅ぼされ、住民がバビロンに連行されたことに起因する。これが世界史でいう「バビロン捕囚」だ。9 そして、紀元前538年にその新バビロニア王国がアケメネス朝ペルシアに滅ぼされると、ヘブライ人はエルサレムの帰還を許され解放される。しかし、唯一神エホバを信仰し、選民思想を持つヘブライ人は多神教の周辺諸国より迫害され、ローマ帝国時代にはエルサレムの居住を禁止され、いつしか亡国の民と呼ばれ世界中に散り散りとなってしまう。10 その後、19世紀に入ると各国に散らばり経済的に成功したユダヤ人の中から聖地エルサレムにユダヤ人国家建設の気運が高まり、シオニズム運動と呼ばれる民族的郷土帰還運動が起こって、世界中のユダヤ人が次々とこの地に移住し始めた。11
 そして、1914年に勃発した第一次世界大戦でドイツ及びオーストリア側についたトルコ帝国を攻撃する為、英国は1915年に当時トルコ支配下に置かれていたアラブ人の独立を認めるのを条件に対トルコの協力を取り付けた。 これが、「フサインーマクマホン宣言」である。12 その一方で、1917年にはイギリスはトルコ帝国支配下のエルサレムに多く移住していたユダヤ人の支持を得る為、戦後にユダヤ人国家建設の約束をし協力を仰いだ。 これは、「バルフォア宣言」と呼ばれる。13 このイギリスが交わした二つの約束は勿論矛盾しており「フサインーマクマホン宣言」は、独立後の国境を示されていなかったので、ユダヤ人とアラブ人の間で対立を生み第二次世界大戦後にイギリスが統治を終了すると共に、1948年にユダヤ人は「イスラエル共和国」を宣言し、2000年ぶりに悲願の聖地エルサレムに帰還した。14  しかし問題は解決されず、ヘブライ人のバビロン捕囚後に、この地に移り住んだパレスチナ人達を結果的に追い出す形となり、パレスチナ人はユダヤ人と同じ運命、亡国の民となった。これに反発したアラブ諸国は一斉にイスラエルへ進攻し第四次まで続く戦争を引き起こす結果となる。15 イギリスの二重外交の結果、亡国の民が安住の地を得て新たな亡国の民を生むスパイラルに陥り、イスラエル対アラブ諸国の対立を形成してしまう。このイスラエルを政治的にも経済的にも強力に支援しているのがアメリカでアラブ諸国は対米感情を増大させていった。16 パレスチナ人自身も4回にわたる中東戦争でアラブ諸国がイスラエルに敗北するのを目の当たりにすると、自らの力で国家創設を掲げPLO(パレスチナ解放機構)を結成する。17 そのPLOも支援国内でヨルダン内戦・レバノン内戦・イスラエルのレバノン侵攻等が起きると弱体化してしまう。18 代わって台頭してきたのが、占領下で育った若い世代で、自らの手でイスラエルの占領を終らせる事を宣言し1987年から活動を開始したインティファーダー(反イスラエル闘争)である。結果的に、このイスラエルを強力に支援している米国はしばしばテロの標的になってしまうのである。19
 そして、ただでさえ複雑で深刻な「パレスチナ問題」を、さらに解決困難にしているのが「イスラム原理主義」である。「パレスチナ問題」と「イスラム原理主義」は個別の問題ではなくは密接に関係する問題である。20 なお、イスラム原理主義とはシャリーアを忠実に実践しイスラム社会を正していこうとする復古主義運動である。21 そして、イスラム法は聖典コーランと預言者ムハンマドの言行などを法源とし厳しい戒律と教えを守るよう説いている。この事は欧米的近代化政策及び生活様式に反発しイスラム本来の文化を守ろうという考え22 からであるが、結果的にイスラム圏に侵食する欧米に対する対立感情を生む一因となっている。
 しかし、厳しい戒律のイスラム法を忠実に守る原理主義はアラブ世界の近代化しいては欧米の発展に遅れをとるとして、アラブ世界の足かせとなる為敬遠されがちである。イランでは79年に原理主義運動によって王制が倒されるイスラム革命が起こり原理主義政策を掲げる政教一致政権が誕生し、23 他のアラブ諸国同士と対立する新たな対立を生む事となる。イスラエルもそうだが、アラブ世界に異教徒が存在する事じたいがコーランの教えであるイスラム法に背きイスラム原理主義に反する事であるので、湾岸戦争後にアラブ諸国に駐留している米国軍に対して敵対視しているのである。
 紀元前から続くこの問題は根が深すぎて解決困難であるし、原理主義はイスラム世界の中での対立を生むこととなり複雑さを増している。この問題をある程度解決しなければテロを根絶する事は非常に困難であるのは誰の目にも明らかである。しかし米国同時多発テロ事件の深層にこの様な背景があるのは事実として、テロ行為じたいには断固として立ち向かわなくてはならないのもまた事実である。湾岸戦争後にはイスラエルとPLOの和平交渉が始まったが、現在では暗礁に乗り上げている。日本も含めて国際社会は真剣にこの問題を解決する時期に来ているのかもしれない。


第三節 文化の混在による新たな文化の生成


 ドナルド・キーンは、「日本の文化は国際的になったし、ヨーロッパ文化も国際的になったから、以前は一つの国に一つの文化しかなかったけれども、現在は各国に二つの文化があるのである。自国の文化と世界の文化。」24 と述べた。しかし、私はここで彼の言う「二つの文化」に着目した。はたして、二つの文化は同時に存在し得るものだといえるのか。
 文化とは人間が長年にわたって培ってきた慣習の体系である。そしてそれは、地域や年代によって全く違った様相を表すものである。また、文化とは混ざり合うものでもある。ある文化とある文化が混ざり合い、新たな文化が生まれる。その繰り返しによって現代の我々の文化が存在しているといえる。今回著者は、「以前は一つの国に一つの文化しかない」と述べ、その上で「現在は各国に二つの文化がある」と述べている。しかし、そもそも一つの国に一つの文化という認識がおかしい。なぜなら、その「一つの文化」も、他の文化の影響を受け、あるいは混ざり合いできたものだからだ。そう考えると、もちろん「各国に二つ」という考え方もおかしくなる。文化が単独に二つ存在することなどありえない。大なり小なり混じり合って一つになる。それが文化の根本的要素であり、文化を数えることなどできないのだ。


第三章 表面的な関係性から起こりうる問題〜ひきこもりから新たな文化へ〜


 私は、第二章で終わることのない闘争についてを論じた。そこで、次はこの章で「人と自然との共生」をメインテーマとした宮崎駿氏監修のジブリ映画「もののけ姫」を例に挙げて議論を深める。まず、第二章で述べた争いの面に着目し、それを基にして、もののけ姫におけるタタラ場とアシタカの村を考察し、タタラ場を現在の社会に当てはめる。そして、双方を考察した上で、タタラ場とアシタカの村の差異を比較する。ここでは、タタラ場とアシタカの村を例にあげることによって同じ国であっても違った文化があることを述べる。そして、アシタカの村が内面的であるのに対し、タタラ場が表面的であることから、現代の表面さから生じている問題へと結びつける。私はその中でも特に「ひきこもり」について考える。欧米との比較、そして範囲をアジアでも日本と共通点が多く見られる韓国との比較によって、この問題が文化の差異と何らかの関連性を有しているかを述べることとする。


第一節 タタラ場とアシタカの村の比較〜恐れと畏れ〜


 映画「もののけ姫」中では人間が住むところとして、大きく分けてアシタカの村とタタラ場が存在する。そしてそれらは様々な面で比較される。まず、「アシタカの村」は、人と自然を尊敬の対象として考えている。たとえ、呪われた存在であるタタリ神であろうと、アシタカすぐに倒すのではなく、まず鎮めようとします。村を襲おうとしていても、彼にとっては畏敬の存在であることがわかる。自然を敬う対象と考えているために、アシタカの村では自然を常に見つめ、どんなに小さな変化にも敏感に気づく。タタリ神が来る直前の自然の変化というものにヒイ様やジイジ(アシタカの村に住む老人たち)は気づいていた。それは今までの生活の中で見てきたこと、感じたことをわかっているからだ。そしてそれはアシタカという後の世代にも明確に伝達されている。このことから、アシタカの村は人と人との結びつきが強く、自然とのつながりも強く、内面的であることがわかる。
 次に、「タタラ場」という共同体において、自然に対する感情とは危害を加えるものとしての恐れである。例えば、コダマという森の精霊をみて、タタラ場の人は「こいつは、化け物の親玉を呼ぶ」と言い、ナゴの神というかつてはタタラ場の近くの山の主であった猪を「退治」したと言う。これらから窺うことができるのは、彼らにとって自然というものは進化・発展のためのものであり、人間が尊敬をしたり、祈ったりする必要はないと考えていることだ。「化け物」や「退治」と言ったように、自然を自分たちが理解できない存在であると決め付け、理解できないから恐いと思っているのだ。自然を恐れの対象としか考えていないために、自分たちが必要なときにしか、一方的にしか関わろうとしない。そのため、目に見えた大きな変化が起こらない限り、タタラ場の人々は自然の変化に気づきかないのだ。
 以上のことから、タタラ場は人と人との結びつきが弱く、人と自然の関係も希薄で、表面的であることがわかる。このように二つの共同体を比較してみると、明らかに自然に対する考えは異なっている。第二節から、このタタラ場の人と人との関係が表面的であるという点に焦点を当て、現代の社会で表面的ゆえに生じている問題といえる「ひきこもり」について議論を進めたい。


第二節 ひきこもりにおける欧米との比較


 現在、日本ではひきこもりという社会現象が深刻化されている。「ひきこもり」とは、厚生労働省の定義によれば、自宅にひきこもって、理由があり会社や学校に行かず、または行けず、家族以外との親密な対人関係がない、つまり友達の少ない状態のことを指す。25 ひきこもり状態になる要因はさまざまで、環境への対応ができない状態であったり、意志の強さに欠け行動力が無くなってしまった状態等がある。「ニート」に似ているが働く意思はあっても就職できない事実がありひきこもる場合もあり、これを総称して「ひきこもり」とする。この「ひきこもり」は、社会文化的要因が大きく関与している。さらに、「パラサイト・シングル」問題とも深く関連する。26 まず、ひきこもりと日本文化の関連性において論じたい。もしひきこもりが日本固有の問題であるならば、それは日本の社会文化的特異性が反映していると考えられる。ここでは「自立」と「家族」という側面を軸として考察する。日本において、自立の最も拙い形が家出であり、最も望ましい形が親孝行である。ところが、西欧などの自立を至上の価値とする文化圏における自立とは、まさに家出なのだ。子どもは成人年齢に達すると親元から離れ、「自立した個人」として生活することを強いられる。彼らにとって成人が親と同居していることは恥ずべきことこれは、英国の新聞でひきこもりをwithdrawalとせずにhikikomoriと表現していることからもわかる。27 英国にはひきこもりに該当する状態が少数であり、ゆえに英語表記にも適切なものがないからだ。
 先ほども述べたとおり、日本は「親孝行」という自立概念があり、これは儒教文化の影響である。日本人にとって望ましい親子関係は、互いに甘え、甘やかす関係である。ここから「甘え」の文化28が生まれたと考えられる。「甘え」関係を重視するために、日本の家族では、母子関係の軸が極めて強い。欧米での近親相姦は父と娘の関係においてが多い。ところが、日本では母と娘が圧倒的多数を占めている。家庭内暴力は欧米では父が妻や子どもに対してが多数であるが、日本では息子が母親に対して行われることが多いことからも理解できる。29 このように、日本人にとっての望ましい自立モデルが「親孝行」であるなら、それは「甘え上手」になるざるをえないことを意味する。そして、甘えー甘やかすは対となっており、相手の依存を引き受けるだけの成熟度も必要である30、このことがひきこもりだけでなく、わが国の思春期におけるさまざまな病理行動の原因なのだ。
たとえば、ひきこもりが発生すると、核家族単位で個人を抱え込む。そして家族まで引きこもり状態に陥る。31 家族も他の身内に甘えることに失敗しており、引きこもる個人に甘えようとしてもさらに失敗するからだ。無効と知りつつ本人を叱咤激励したり、勝手に立ち直ることをあてにする態度も本人に対する甘えに相違ない。  ところでこれまでは欧米圏との相違点を明らかにしてきたが、対アジアという視点に立って考えると、日本の特殊さはあらゆる面で限界に突き当たる。そこで、第三節にて、同じアジアに位置し、比較的共通点が多い韓国との比較をし、さらなる議論へ進みたい。


第三節 日韓比較から考えるひきこもり


 韓国は、政治体制や国民性の違いにもかかわらず、さまざまな点で日本と共通している。例えば、儒教文化や受験戦争、いじめ・不登校の問題、漫画やアニメなどが挙げられる。そして、「ひきこもり」も近年、韓国で急増しつつある深刻な問題なのだ。私は、この事実から、韓国のひきこもり事情を考え、日韓比較することは引きこもり問題を考える上で非常に重要なことであると考える。青年の不適応問題においてこれほど類似点が多いということは、今後はむしろ日韓に共通する文化特性という視点が必要であろう。
 これまで、韓国では ひきこもりが少ないという見方が一般的であった。その最大の理由として挙げられるのは、徴兵制の存在である。青年が二年間兵役を義務付けられることは、不登校が長期化してひきこもりにいたる連続性を断ち切ることにつながる。それによって、青年のひきこもりの防止につながるのではないかとういう推定もされていた。しかし、そのような推定とは裏腹に、兵役後にひきこもるケースが増加している。32 つまり、徴兵制はひきこもり抑止策としてはさほど有効ではないということがわかった。
 ひきこもりの背景に関しても、韓国は非常に日本と似通っている。むしろ、不登校や不登校の原因となりやすいいじめの分野や、わが国で典型的な、母親が過保護・過干渉、父親が過保護という組み合わせにおいては、わが国の上をいっているほどだ。33 両親が別居してまで子どもを海外留学させる親の熱心さには感嘆せざるをえない。  さて、私はこれまで日本と韓国には多くの共通点があると述べてきた。しかし、双方を比較にするにあたって、共通点だけではなく、異なっている点を知っておかなければ正しく比較することなどできないと考える。まず、韓国の不登校児は、日本の子どもたち以上にしっかりと自己主張する。例えば、登校拒否の理由にしても、日本の子どもが「行きたいのに行けない」、あるいは「なぜ行けないのかわからない」といった曖昧な理由なのに対して、韓国の子どもは「行きたくないところになぜ行かなくてはならないのか」と、明確に登校を拒否している点が挙げられる。その他にも、大きな違いとして、韓国の若者が自らの将来に希望を持ち得ている点がある。その一方で、日本の若者の大多数は、日本の将来に暗いものを感じている、あるいは、努力しても報われるとは限らないという悲観的な考えを持っている。つまり、日本と比べて、韓国の若者の方が、自らの成長や変化に可能性を感じているといえる。34
 両国は似通った社会文化を持ち、そして九十年代に経済的苦境に直面したことなど、共通点は多いはずである。それにもかかわらず、この差は一体どこからくるのだろうか。考えるに、儒教文化の受容における違いが最も重要な点である。たとえば、韓国においては日本以上に「親孝行」が重視されている。ただし、その対象については大きな隔たりがある。日本での親孝行のイメージは、母子関係の結びつきを基軸としているが、韓国における親孝行のイメージは、父親からその先祖へと連なる血縁によって支えられている。それゆえ孝行=甘えとは結びつきにくい傾向にある。なぜなら、子が親に尽くすことは当然のことであり、そこには「甘え」のような相互性はほとんど存在しないからだ。それを顕著に表しているのが、子どもが罪を犯した時の親の言葉だ。日本人の場合は「世間様に顔向けができない」というのに対し、韓国人の場合は「ご先祖様に顔向けができない」と叱る。ここにも、日本の甘え文化の特殊性が窺える。
 さらに、この両親を越えて先祖へと連なる「孝」の思想は、未だに若者に「功名心」35として動機付けている。個人のアイデンティティを支える重要な要素としての血縁関係と、一族の名を挙げるために勉学を重ねるという「功名心」に現実味があること。日韓におけるこの相違はかなり決定的だと考えられる。さらにいうと、凋落の兆しが現実的に見られる日本の若者に比べ、今だ発展する可能性が大いにある韓国の若者は、何らかの「途上感」を持っているのかもしれない。日本の若者に希望が語れないとすれば、それはこうした「途上感」の喪失にも起因しているのではないだろうか。


 

結論


 私は今回、「人と人との共生」において、言語面に着目した。日本語の持つ特異性を披露し、日本人やその国民性を異文化の人々に理解してもらう。英語という言語を検証することによって、英語国民を理解する。そうすることで、たとえ少しずつであっても、現在世界中で発生している闘争を解決する糸口になるのではないか。確かに、対立には様々な理由がある。しかし、同じ人間同士で全く分かり合えない相手などいるはずがない。
 私は、もののけ姫の例から「ひきこもり」を見出したことと同様に、現代社会における国際問題は、異文化ゆえに引き起こされたものだと考えている。そこで私は言語理解から異文化理解への可能性という解決策を提示した。つまり、言語からのアプローチにより、異文化理解を深め、異文化に優劣をつけず、異文化を持つ相手を理解し、その存在を尊重する。そこには、相互に摩擦や軋轢は生じ難く、ひいては地球市民の平和共存に向けて貢献することにもなりうるのである。日本語には、他言語と比較することによって、初めてその特異性が浮き彫りにされる表現が多くある。その意味合いを探ることは興味が尽きず、今後も続けていきたい研究分野である。

 


参考文献表


西田ひろ子 『人間の行動原理に基づいた異文化間コミュニケーション』 創元社
斉藤環 『引きこもり文化論』 紀伊国屋書店
エドワード・T・ホール 『文化を超えて』 株式会社厚徳社
伊藤芳明 『ひとめでわかる国際紛争地図』 ダイアモンド社
井門富二夫 『比較文化序説 宗教と文化』 玉川大学出版部
佐藤亮一 『生きている日本の方言』 新日本出版社
剣持武彦 『言語生活と比較文化』 朝文社
新妻仁一、安田淳、遠藤義雄、高殿良博、平山健太郎 
『イスラム原理主義とアジア─9.11事件の衝撃─』 亜細亜大学アジア研究所
高橋和夫 『第三世界の政治─パレスチナ問題の展開─』 国立印刷局




 

映画「もののけ姫」について
 中世から近世へ移行しようとする時代の日本には、まだ人を寄せ付けない太古の原生林が残っていた。そこには古代から、巨大な獣たちが棲み、荒ぶる神々として人間から怖れられていた。シシ神はその獣たちを従え、聖域たる森を守護していた。しかし、人間たちは人口増加につれて、原生林を切り開き、自分たちの世界を作ろうとしていた。
 主人公は、大和朝廷との戦いに破れ東北の山里に潜む、ある一族の王家の血を引く若者アシタ力。彼は、怒りと僧しみによって、タタリ神となってしまった猪神に死の呪いをかけられ、その謎を解くため旅に出る。そして訪れた西の国で、荒ぶる神々と人間達との壮絶な戦いに巻き込まれていく。
 人々を森から一掃し、そこを民のための豊かな土地に変えたいと考えている、タタラ製鉄集団を率いたエボシ御前。彼女は売られた女達や虐げられた男達を集め、人間中心の社会を作りながら、鉄を打っていた。それに対し、人間の子でありながら人語を解する山犬に育てられたもののけ姫・サンは、神々とともにタタラ集団と戦っていた。そこでは双方が己が信念を正義だと信じていた。工ボシ御前は人間が生きるために森を拓き、神々は自分達が生きるために森を守ろうとした。どちらの味方につくべきか、迷うアシタカ。さ らに、この戦いに不老不死の力が秘められているというシシ神の首を狙う正体不明の坊主ジコ坊たちが絡み、三つ巴の戦いになっていく。少年と少女は惨劇のなかで出会い、心を通わせるが、山をめぐる戦いは凄惨なものとなり、大殺戮が始まった。ただの野獣と化す荒ぶる神々。サンはタタリ神と化す猪神を鎮めようとし、タタリに呑み込まれてしまう。アシタカは死を賭してサンの救出に向かう。そして、物語は大混乱の中に終局へ向かう。




脚注


1 言語生活と比較文化 32頁参考
2 言語生活と比較文化 31頁参考
3     〃     43頁引用
4     〃     44頁参考
5 生きている日本の方言 48頁引用
6      〃     48頁引用
7      〃     51頁参考
8 イスラム原理主義とアジア 12頁参考
9 第三世界の政治 8頁参考
10 第三世界の政治 10頁参考
11    〃    14頁参考
12    〃    26頁参考
13    〃    28頁参考
14    〃    29頁参考
15    〃    46頁参考
16 第三世界の政治 48頁参考
17    〃    50頁引用
18    〃    50頁引用
19    〃    51頁引用
20 イスラム原理主義とアジア 38頁参考
21      〃       33頁引用
22      〃       33頁参考
23      〃       121頁参考
24 異文化理解の視座 17-18頁引用
25 ひきこもり文化論 8頁引用
26     〃    10頁参考
27     〃    102-104頁参考
28     〃    108頁引用
29 ひきこもり文化論 108頁参考
30     〃    109頁参考
31     〃    111頁引用
32 ひきこもり文化論 115頁参考
33     〃    114-115頁参考
34     〃    117-118頁参考
35 ひきこもり文化論 119頁引用