2027年に20年前の自分を振り返って

7284東勇輝
思い起こせば、学生時代の私は本当に能天気だった。地元の保育所、幼稚園を経て小学校へ入り、六年 生の十二月ごろにふと「私立中学校を受けたい。」なんて言い始めた。周りからは、塾にも行かずに受け ても受かる見込みなんてない、なんて言われてた。それも今考えてみたら当然のことだと思う。でもそ んな言葉をよそに、「受けてみなわかれへんやん。」と言って結局受けた。意志だけは昔からなぜか強かっ たのかな。で、どうしたことか私立の六年一貫の中学に合格、あれは嬉しかった。なぜか頭髪検査があって、 それだけははすごい嫌だったけど・・・。でも、無理だって言ってた周りを見返せたのはちょっといい気持ちだ った。
中学に入ってからというもの、特に勉強熱心、というわけでもなく、ごくごく普通。英語が好きで、 理数系が苦手だった。まぁ、それは今も相変わらず。部活も部活で、入ったりやめたりで長続きしなかった。 この頃は熱しやすく冷めやすい性質だったみたいだ。
高校では日本拳法部に入ってたけれど、 これも結局、受験のために一年ちょいでやめてしまった。それから受験勉強を始めて、三年の夏休みにAO入 試の存在を知った。担任の先生にも勧められたのもあって、いろいろ調べていくうちに関学の総合政策を見 つけて「これだっ。」と思って受験。英語のリスニングがあったり、面接で厳しいこと言われたけど、受か った時は思わずガッツポーズだった。同時期にAOに合格した友達と一緒に、志望理由書の指導をしてくれた 国語の先生と、面接の指導をしてくれた英語の先生にお礼を言いに行ったのも今となっては懐かしい。こう して考えてみると、私はすごい楽な生き方をしてたんだなって改めて思う。

高校まではそれで大丈夫だったけど、大学に入ってからはそういうわけにはいかなかった。周囲のみんな はすごく努力してるから、うかうかしてると取り残されたし。でも、ラッキーなことに興味のあることはすご く多かった。実践的な英語。外国人の先生方や留学生とのコミュニケーション。国ごとの文化の違い。現在 の地球の環境破壊の現状。そして日本が担うべき役割。数え切れないことを学ぶことができた。興味があっ たからがんばれたっていうのはあったんじゃないかな。
そこで学んだことを生かし、私は通訳への道へと進 むことを決めた。通訳っていうのは、ただ、英語を日本語にする。とか、日本語を英語にするってだけじゃな い。まずは文化を学ぶことが重要だと思う。なぜなら、お互いの国家の文化を熟知していなければ、その真意 をうまく言い表すことはできないからだ。例えば、日本人特有の「遠慮」を失礼と感じる外国人もいる、とい ったことなんかがそう。そんなことを、少しでもなくすことが相互理解の第一歩だと感じた。
念願叶って通訳 になった後も、総政で学んだ「視野を広げる」ことを忘れず、世界情勢や文化の差異に関する勉強も続けてる。 そのおかげで、外国人との会話の中でも、文化の違いを踏まえて話せるようになり、信頼関係を円滑に築ける ようになった。

確かに先は見えないし、果てもないかもしれない。でも、自分の力で少しでも人々の誤解を解いて、相互理解に 貢献できるこの仕事に、とてもやりがいを感じてる。そしてこれからもそう思えるよう、自分が今まで学んでき たものを忘れないようにしつつも、常に新しい情報を取り入れて、様々なものに興味を持ち続けていきたい。